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書く歩く(第10回 筆記具)


第10回 筆記具

 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』は、主人公のチェリストが、所属していた楽団の解散をきっかけにプロ奏者として生きる夢を断念するところからはじまる。ローンで購入したチェロも手放すのだが、この段になってはじめて、それが1,800万円したことを言いにくそうに(当然だろう)妻に告げる。「プロはそれくらいのものをつかっているし、むしろ安いくらい」なのだ、と。
 なるほど、演奏家やスポーツ選手となれば、つかう道具で音色や記録もちがってくるかもしれない。だが、文章においてはなにをつかって書くかは、あまりそのできばえに影響しないように思われる。モンブランの万年筆でも、宿泊したビジネスホテルの部屋にあったボールペンでも、紡ぎ出されるものに差はないのではあるまいか?
 書きやすさという点ではちがってくるかもしれない。筆記具で書くか、ワープロソフトで記述するか、ここにもその差はあるだろう。もちろん、パソコンが絶対的に便利で、手書きが不便などというつもりはない。書き手それぞれのリズムで選択すればよいことだ。
 僕についていうと、自分の悪筆にうんざりしていて学生時代にワードプロセッサを導入した。アルバイト代で買った、初期のバックライトもないラップトップだった。
 会社勤めをしながら、小説の新人賞に応募する原稿を書いていた頃は、家に持ち帰って仕事をするからと、職場から富士通のOASISを1台借り受けて、これでデビュー作と2冊目の単行本の原稿を書いた(S社の社長さん、すみません。その節はお世話になりました)。

 実家から自転車で20分ほどのところに亀戸天神社があった。学問の神さまである。境内に筆塚があり、学生時代、僕は文章上達の祈願をこめて、つかえなくなった筆記具をそこに納めていた。無垢で切実な行いだったと思う。
 買ったワープロが壊れた時には、筆塚に納めるべきか真剣に迷ったものだ。だって、それじゃ不法投棄になるでしょ……


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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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