自費出版・流通出版・執筆のことなら文芸社へ

自費出版・流通出版は気軽にSite執筆・出版の応援ひろば
よむ人からかく人へ。ここは表現する人を応援する著者のための『ひろば』です。ご相談・お問い合わせは…「なんでも相談室」へ

執筆・創作・自費出版・流通出版のことなら【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】トップへ > 書く歩く(第14回 『坂の上の雲』の町)

書く歩く(第14回 『坂の上の雲』の町)


第14回 『坂の上の雲』の町

『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』を青春小説として愛読した高校生の僕が、学校図書館でつぎに手にしたのは『坂の上の雲』だった。たしかに同著も青春文学といえる。明治の青春群像であり、日本という国家そのものの青春時代が描かれている。だが、当時の僕は、これを読むのは30年早いなと思えて書架にもどした。
 そうして30年後、ふたたびこの書を手にする。文藝春秋社刊の新装版全六巻を半年かけて読んだのだけれど、正直なところ面白くてページをめくる手が止まらない、といったふうにはならなかった。収集された膨大な資料にもとづく司馬遼太郎氏の歴史観の開陳からなる日露戦争録は、登場人物の会話や描かれた場面を中心に展開される物語を期待すると、はぐらかされる。それでもところどころ退屈しながら最終巻に至り、日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊が激突する日本海海戦のクライマックスでは、からだの芯がしびれるような崇高な感動に包まれる。

 仕事で四国松山に行く機会があって、《坂の上の雲ミュージアム》を訪ねた。安藤忠雄氏設計による建築は、各展示フロアがゆるやかなスロープで結ばれ、これをのぼってゆく時、「坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆく」ような高揚がある。しかしながら、展示品の充実度はとなると、まだ坂の途上というところであろうか。そんな感想を抱いていたら、壁一面のピクチャー・ウインドウの向こうに、森から突き出した洋館の尖塔が眼に飛び込んできて、軽い衝撃を覚えた。旧松山藩主子孫の伯爵別邸、萬翠荘(ばんすいそう)だ。そのフランスふうの壮麗な屋敷の裏手、山の石段をのぼると打ってかわって質朴な、けれど味わいのあるしもた屋が現れる。2階に夏目漱石が、階下に正岡子規が暮らした愚陀佛庵(ぐだぶつあん)の復元だ。「共同生活か、青春だな」と思う。
『坂の上の雲』を読み終えた僕は、かつて口にするのも恥ずかしかった青春という時代から遙か遠ざかっていた。青春なる言葉そのものが失われてしまっているのが現代でもある。
 ミュージアムを後にすると、ふたたび町の中心にある松山城が、山の頂から人々の生活を見つめていた。そう、『坂の上の雲』の主人公らを育んだ、町そのものがミュージアムなのだ。そして、この町には、あの書に満ちていた青春の息吹がよく似合う。

※文中の引用は『坂の上の雲』新装版第一巻「あとがき」から


←前回へ | 
次回へ→


上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



バックナンバー