書く歩く

第21回 抒情という装置 ― ④

 丹波哲郎刑事は奥出雲の亀嵩に赴くが、ここでも警察車両を運転して案内する地元の巡査に向かって、「ぼつぼつ夕飯だから」と言い、調査を切り上げる。
 夕餐(ゆうさん)の時間を気にしたのは、あるいは聞き込み先の住民を気づかってのことなのかもしれない。しかし、自分の晩飯にせよ、相手に対してにせよ、食事という一日の句読点を大事に思う人物であるのがわかる。捜査至上主義の鬼刑事ではないわけだ。そういえば丹波刑事は、旅先で一句ひねるのを趣味にもしている。
 いや、だからといって仕事に対して不熱心なのかというと、そうではない。丹波刑事は、あまりに出張費がかさむので上司に言い出しにくくて自腹で伊勢に調査に行ったりもしている。
 しかし、そこはそれ、彼にとっては、あくまで“職務”にのっとっての行動なのである。仕事をしていても時分どきになれば食事もするし、酒も飲む。そのへんの気負っていないところが人間的でひどく好感が持てるのだ。
 シナリオを担当したのは、この映画のプロデューサーでもあり、『七人の侍』など黒澤明監督作品の脚本を協同で執筆した橋本忍と、寅さんシリーズの監督・山田洋次で、さすが人間の機微がわかっているなあと感心する。

 もちろん、刑事には神のような推理力などない。自らが足を運んで得た地道な調査の積み重ねが一歩、また一歩と犯人に近づいてゆく。その生真面目なたたずまいが魅力的だ。
 生真面目といえば、森田健作刑事は、列車内で通路に足を突き出している乗客がいれば、「きみ、みんなの迷惑じゃないか」と注意し、居酒屋に行けば、「おーいビール!」と威張って催促する。そこには失われた昭和の男の香りがある。小上がりのテーブルにのっているのがラベルに大きな赤い星のついたサッポロラガービールの大瓶であるのも気分だ。
(つづく)