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書く歩く(第22回 抒情という装置 ― ⑤)


第22回 抒情という装置 ― ⑤

 当時は東海道新幹線しか走っていないので、刑事はもっぱら夜行列車とローカル鉄道を乗り継ぎ(周遊券をつかっている)、田んぼの向こうに合掌造りの家々がひっそりと寄り添って建つ日本の原風景のような山間の集落へと時間をかけて出張する。
 もちろんインターネットなどないので、丹波哲郎刑事は、わずかな停車時間に列車からホームに下りて駅売りの新聞を買ったりする。そこにはなんとも知れない旅情がある。

 旅情といえば、ズームバック撮影の多用もこの作品の特徴だ。
 焼けつくような陽射しのもと畦道(あぜみち)を、脱いだ上着を肩に掛け、ワイシャツの袖を捲り上げて歩いている丹波刑事と森田健作刑事の姿を捉えていたカメラは、画角がどんどん広がっていき、彼らを取り巻く田園地帯を、稲を揺らす風音とともに映し出す。
 風景のなかを歩く人物――これは、この映画の大きなテーマであり、クライマックスではさらにダイナミックに描出されることになる。

 殺人事件の謎解きの物語でありながら、旅情、旅愁、抒情は、映画『砂の器』のそこここに張り巡らされている。
 犯人が返り血を浴びたシャツを細かく切り刻み、中央線の塩山付近で車窓から紙吹雪のように撒き散らし、証拠隠滅をはかる愛人(島田陽子)の姿も叙情的である。が、これは、現代ではまかりならんことかもしれない。電車の窓からゴミをばらまくなんてね。というか、これじゃ逆に目立ちすぎて、証拠隠滅にならないでしょ、とツッコミを入れたくなる。
 なるほど劇中でも、偶然おなじ車両に乗り合わせた新聞記者(後にベストセラーとなる体験記『積木くずし―親と子の二百日戦争』で、ひとり娘との葛藤を描いた穂積隆信が演じている)が、彼女の姿を眼にとめて、「紙吹雪の女」というコラムを書いている。もっともここでも記事のテーマは「迷惑行為」ではなく「旅愁」であり「哀愁」だ。時代がちがうのである。
(つづく)
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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