自費出版・流通出版・執筆のことなら文芸社へ

自費出版・流通出版は気軽にSite執筆・出版の応援ひろば
よむ人からかく人へ。ここは表現する人を応援する著者のための『ひろば』です。ご相談・お問い合わせは…「なんでも相談室」へ

執筆・創作・自費出版・流通出版のことなら【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】トップへ > 書く歩く(第26回 “物語”を見る ― ①)

書く歩く(第26回 “物語”を見る ― ①)


第26回 “物語”を見る ― ①

“鉄ちゃん”というほどではないが鉄道好きである。そんなわけで、テレビの関連番組をよく観る。先日、東京メトロの10000系車両が、山口県にある工場で製造され、輸送されてくる姿を見て涙してしまった。
 機関車の牽引で貨物列車のように東京まで運ばれてくるのだけれど、途中、海岸沿いを走り、富士山を仰ぎながら通過する。そうした景色のなか、自分の任地へと寡黙に向かってゆく地下鉄車両を眺め、ああ、この電車は、もうこの軌道を二度と引き返すことはないし、こうした風景を見ることもないのだな、と思った。すると、どうしようもなく泣けてきた。
 いってみれば車両の嫁入りである。なるほど、前面が汚れよけに白い布のようなもので養生されていた。角隠しというわけだ。
 ぴかぴかの10000系は、けれど、まだ自力で走ることはできなくて、ただ静かに導かれてゆくしかない。だが、東京に着けば、通勤通学の足として、日々多くの老若男女を乗せ、都会の真っ暗な地下を疾駆することとなる。
 いまこの車両は、どんな気持ちで、はじめて見る、そしてただいちどしか見ることのない明るい風景を眼にしているのだろうか……そう考えたら、涙が止めどなく頬を伝うのであった。
 鉄道車両の輸送の模様を伝えるテレビ画面を眺めつつ、むせび泣くオトコ。これは、傍から見て相当気持ちが悪い。だいいち、その涙の意味が解せないことだろう。
 僕を泣かせたのは、映像そのものではない。画面の向こう側に“物語”を見ているからである。
“物語”を見る――これはいいよお。退屈しないし、安上がりだ。
 またも地下鉄なのだけれど、先日、電車に揺られつつ映画の中吊り広告を見て勝手にストーリーを想像していたら、感動して涙ぐんでしまった。
 格好悪くて隣の車両に移ると、そこもすべての中吊りが映画広告である。10両編成すべてで映画のキャンペーンを行っているのだ。僕の頭のなかを“物語”がどこまでも追いかけてくる。眼を真っ赤にしてドア口にたたずんでいたら、視線の先に映画の広告ステッカーがこれでもかと貼られていた。
(つづく)


←前回へ | 
次回へ→


上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



バックナンバー