自費出版・流通出版・執筆のことなら文芸社へ

自費出版・流通出版は気軽にSite執筆・出版の応援ひろば
よむ人からかく人へ。ここは表現する人を応援する著者のための『ひろば』です。ご相談・お問い合わせは…「なんでも相談室」へ

執筆・創作・自費出版・流通出版のことなら【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】トップへ > 書く歩く(第27回 “物語”を見る ― ②)

書く歩く(第27回 “物語”を見る ― ②)


第27回 “物語”を見る ― ②

 建物に覆いつくされていてあまり気づかないが、大都会東京の地形は、はなはだ起伏に富んでいる。地上よりも地下鉄に乗っているとそれがよくわかる。東京メトロ銀座線は、日本で最初に開業した地下鉄である。起工は大正末であるから、トンネル断面もちいさく、地下の浅いところを走行するので、低地では地表に出てしまう。それまで地下を走っていた銀座線が終点の渋谷では外に飛び出し、明治通りをまたぐ高架となって東急東横店3階のホームに入る。この時、まさにここが渋谷という“谷”であることを意識する。
 東京で2番目に古い丸の内線も浅い地下を行くから、四ツ谷という“谷”で地上に出、茗荷谷という“谷”でやはり地上を走る。そうして僕は、いつもこの茗荷谷で“物語”を垣間見るのである。
 後楽園方面に茗荷谷駅を出発するとすぐ、旧山の手の風景が車窓を一瞬過ぎる。ここは、夏目漱石の『坊ちゃん』のラスト、坊ちゃんを溺愛する老お手伝いの清が、「死んだら、坊ちゃんのお寺に埋めて下さい。」と望み、かなえられた寺のある町だ。小日向(こびなた)は文京区にいまも残る地名なのだが、「だから清の墓は小日向の養源寺にある。」という漱石の結びの一文に、その語感からほのぼのとした日なたにある清の墓を僕は思い浮かべる。そうしてそれは、まさにこの車窓の向こうの風景のなかにきっとあるのだと実感させられるのだった。

 小田急線は、大学の通学に乗った僕にとって青春の路線だが、“上原”という高地にある代々木上原駅を発った電車の、小田原に向かって左手の車窓から、崖下の富ヶ谷という“谷”にある住宅地越しにふたたび青葉台という台地に接して土地が高くなる駒場方面が見渡せる。そうして、その里山のような森にレンガ造りの時計台があるのにお気づきの方がどれほどいることだろうか?
 東京大学駒場校舎とおなじ設計者の手による旧東京帝国大学航空研究所本館である。そうして、僕の眼には、木立のなかにうっそりとたたずむその建物が、鉄仮面でも潜んでいるような、怪しの搭に映って仕方がないのであった。
(『“物語”を見る』−おわり−)
←前回へ | 
次回へ→


上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



バックナンバー