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書く歩く(第29回 竜の復活)


第29回 竜の復活

 あの日、3時間半かけ歩いて帰宅した。
 電車は止まっているはずだ。新宿からバスで帰ろうと、のん気に構え駅に向かった。途中、靴のチェーンショップの前を通りかかると〔セール中〕のプレートを持った店員さんが呼び込みしていた。なかにはたくさんの女性客の姿があり、こんな時にも買い物をたのしんでるんだなとたくましさを感じた。そんな風景が大きな揺れを体験した直後だけに心強くも思えた。
 東口から、バスターミナルのある西口に抜けると、地下はひとであふれていた。どこまでも伸びた、そして、どのバス乗り場から伸びているのかわからない列がひたすらつづいていて、自分の安易な考えが粉砕された。その時、やっと気がついた。さっき靴屋で買い物していた女性たちは、いち早く徒歩で帰宅する覚悟を決め、そのための履物を選んでいたのだ。

 マンション8階の自宅は、食器棚からなかのものが落ちて壊れ、僕の仕事部屋も惨たんたるありさまだった。
 ちょっとの間立ちすくみ、ジントニックをつくり気つけにかっと飲んだ。長い距離を歩いたせいか、この1杯がやけにうまかった。
 テレビをつけて、さらに言葉を失った。漆黒の闇のなかで、東北のどこかの町まるごとひとつが燃えていた。
 余震のたびに、日本列島の図が映しだされ、それを取り囲むように津波警報のサインが赤く点滅していた。日本列島は竜のかたちに似ている。いま竜が苦悶していた。小松左京氏の『日本沈没』のエピローグは「竜の死」である。テレビを眺めながら、その言葉を噛みしめていた。
 料理学校で教えている妻から、毛布と炊き出しもあるので教室に泊まるというメールがあった。
 僕は腹ごしらえしようと、割れ物をよけて、台所で鍋焼きうどんをつくることにした。
 長ネギを刻み、冷蔵庫から油揚げをさがしてきた。そうなのだ、こんな状況であっても、どうせ食うならすこしでもうまいものをと考えているのだ。
 竜は死んでいない。かならずよみがえる。いまはこうでも、かならず復活する。

東日本大震災に被災された皆様にお見舞いを申し上げます。
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。 〈上野 歩〉


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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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