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書く歩く(第3回 命の恩人 ― ③)


第3回 命の恩人 ― ③

 それにしても左脚の痛さときたらなかった。時にそれは爪先をつけないくらい激しくなった。
 当時、僕はS大学で週に1度、創作のゼミを持っていたのだが、大学に行くために新宿の小田急線のホームで急行電車を待っていて、あまりの痛さに、講義をほっぽり出して家に帰ろうとしたこともあった。
 オープンして間もなかった表参道ヒルズの安藤忠雄氏の手による建築を見に行った時なんか、原宿を歩いていて泣きそうだった。脚が痛くても小腹が空いた僕は、路地裏の屋台で買ったシシカバブをはさんだピタを食べていた。食べながら泣いていた。

 苦痛にさいなまれるある日、執筆アドバイスを担当するNさんと面談した。Nさんは、中野区の住宅地にある生活雑貨を製造販売する会社の女性社長である。戦時下、幼かった自らの眼で見つめた家族の姿を、短歌を織り込んだエッセイというかたちで書き残したいと執筆を進めておられる。
 僕はNさんの会社の応接室から桜並木の青葉を浮かぬ顔で眺めていた。春先、この桜が満開だった折にもNさんを訪ねていたが、すでに左脚の痛みはじわじわとその兆しをあらわしはじめていたのだった。
 僕は振る舞われた生菓子を黒文字でちいさく切って口にはこび、お茶を喫すると、自分の腰の異常に端を発する脚の痛みをつい愚痴った。
 すると、なんとNさんも腰痛に悩んでいるというではないか。
同病相あわれむとはこのことで、僕らは心から互いの痛みを慰め合った。さらに、Nさんが通う美容室の店長も、やはり腰痛に悩んだ過去があり(腰痛は美容師さんの職業病らしい)、そのひとからよい治療院があるのを聞いたとかで、紹介してくれた。
 そこに行けば、イッパツで治るという。現に腰痛店長もすっかりよくなり、いまは元気で腰痛Nさんの髪をセットしているとのことだ。
 ワラにもすがりたい僕は……
(やはり痛いままにつづく)

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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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