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書く歩く(第30回 部屋の隅の年賀状)


第30回 部屋の隅の年賀状

 地震で惨憺たる状態になった自宅の仕事場を片付けるついでに、部屋の隅に重ねたままだった年賀状をようやく整理した。そのうちの1枚になんとなく眼が留まる。H先生からの年賀状だった。いや、実際にボールペンでしたためられている近況は、先生ご本人がお書きになられたものではなく、奥様の手によるものだった。
「夫は病気に好かれる体質なのか、去年も2月にヘルニア、3月に転移性肺がんの手術をしましたが、経過良好。ただ、3年まえから鬱病ぎみになり、そこから認知症になりました。夫の妹、姪、私の妹らに助けられて自宅で療養していましたが、去年夏の猛暑で、周りの者がダウンしてしまいました。仕方なく9月下旬からグループホームに切り替えました。」
 はがきを読み返して、あのH先生が……とあらためて感慨に耽る。
 先生は背が高いから、介護もきっとたいへんだろうと思った。
 H先生は、大学の恩師で、結婚式の仲人をお願いした。式の際に媒酌人を立てるというのは、そろそろなくなりはじめていた風習ではあったが、僕は古式を好んだ。お願いするならH先生と思っていたので、久し振りに電話し、「ウエノですが」と名乗ったら、「きみだとわかるが、私はたくさんの学生を教えてきた。ただ、ウエノと名乗って通じると思わないように」とシニカルな口調で言われた。先生らしいと思った。
 小説の新人賞の応募原稿を書いていた頃、先生の教えを乞うたが、その際にも、「きみは文学者で、私は文学研究者だから」と皮肉を言われたものだ。
 本欄の担当者である文芸社のMさんは、かつて大学院でH先生の教えを受けていた。当時、Mさんと面識はなかったが、僕は非常勤講師でおなじ大学に週1度講義に通っていた。奇しき縁である。
 MさんにH先生の近況を伝えたら、寂しそうにしていた。
 最初の本を出した僕を、日比谷公園内の松本楼で祝ってくれたH先生と、その後、文学観のちがいから仲たがいし、「縁を切る」と申し渡された。僕が若かったのだ。
 数年たっておゆるしいただけたことがなによりうれしい。

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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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