自費出版・流通出版・執筆のことなら文芸社へ

自費出版・流通出版は気軽にSite執筆・出版の応援ひろば
よむ人からかく人へ。ここは表現する人を応援する著者のための『ひろば』です。ご相談・お問い合わせは…「なんでも相談室」へ

執筆・創作・自費出版・流通出版のことなら【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】トップへ > 書く歩く(第31回 故郷(ふるさと))

書く歩く(第31回 故郷(ふるさと))


第31回 故郷(ふるさと)

 毎月第2・第4日曜日、西新宿の高層ビルにあるカルチャーセンターで創作文章教室を開講している。受講されている方々は年齢層も幅広く、書いているのも小説、エッセイ、自分史とさまざまである。目的も「自分発見」「作家デビューを目指して」「頭の体操」と、こちらもそれぞれだ。書いた原稿は作者ご自身に朗読していただく。そうして、参加者全員に感想を言ってもらう。その際、なるべく批判的な言い方はよそうというルールでもって行っている。こうしたらもっとよくなるんじゃないか、という観点でものを言おうと。
 最近、この講座で印象的な作品に出会った。『故郷』という題名のエッセイで、書いたのは70代の女性である。足のリウマチの手術を受けることになった筆者は、医師から、「好きな曲は?」とたずねられる。全身麻酔をかける際のリラクゼーションに音楽を流すのだという。筆者がリクエストしたのは唱歌の『故郷(ふるさと)』。
 母堂の勧めで、2、3度顔を合わせただけの男性と結婚した筆者は、故郷を離れ東京に出てきた。知り合いもおらず、寂しい日々のなかで、この『故郷』を口ずさむのが慰めだった。時には、風呂場で大きな声で歌った。特に「如何(いか)にいます 父母/恙(つつが)なしや 友がき」という二番の詞が好きで、歌っていると農作業にいそしむ両親や、腰から魚籠(びく)を提げ釣りに出かけてゆく兄の後を追いかける幼い自分の姿が見え、自然と涙が流れたという。

 東日本大震災の避難所となっている中学校の体育館で行われた卒業式のテレビ映像を見た。見送る生徒、見送られる生徒、みなで『故郷』を合唱し、その場にいらした被災者の方々はじっと聴き入り涙しておられた。
 ことし、多くの日本人は、ある感慨を持ってこの歌を聴いた。著しく内向化していた社会が、この災厄を機に一気に外向きになったとはいわないが、すくなくとも内向的性格の極みにあった自画像への気づきはあった。そうしていま、すべてのひとの心の故郷である東北に、この唱歌とともにおなじ思いを寄せている。

←前回へ | 
次回へ→


上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



バックナンバー