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書く歩く(第36回 『トンネルくぐれば』)


第36回 『トンネルくぐれば』

 池袋から大宮方面行きの湘南新宿ラインに乗る。ステンレスボディに、旧国鉄時代からのオレンジと緑のいわゆる湘南色の帯を巻いたE231系近郊形電車は、田端の手前でトンネルをくぐる。暗闇から外に出ると、さっきまで隣を走っていた通勤車両の帯が、ウグイス色からスカイブルーに変わっているのに気づく。山手線だったのが、京浜東北線になっているのだ。
 これは、山手貨物線を走っていた湘南新宿ラインが、トンネルを出てからは、東北旅客線と並行する東北貨物線を走るからである。 かつて輸送の花形だった貨物列車が、その地位をトラックに譲ってから、貨物線の軌道をさまざまな旅客列車が走るようになったのだ。

 一方、水道橋駅を過ぎるまで、外濠から離れた軌道を走っていた中央線が、御茶ノ水駅に到着した時には、最も濠に近い側のホームに進入する。そうして、隣のホームにいる千葉方面に向かう総武線と対向する。中央線の乗客、総武線の乗客は、同方向であれば、階段を渡らずに島式ホーム上で相互乗り換えが可能である。高尾方面に向かう中央線、総武線の3線の軌道は動かさず、この1線のみを濠側に移動することで、それを可能にしたわけだ。
 濠側へと配線された東京方面に向かう中央線は、御茶ノ水駅の手前で、やはり短いトンネルをくぐる。この時、僕の中によぎる光景がある。それは幼い頃に行った、浅草の花やしきの記憶である。
 花やしきは、日本でいちばん古い遊園地で、生家が浅草から隅田川を挟んだ墨田区にあったため、よく親に連れられて出掛けた。花やしきでは、かならずお化け屋敷に入りたがった。小さなトロッコで暗闇の中を通過してゆくアトラクションだ。僕は怖くて、最初から最後まで、ずっと眼をつぶったままである。けれど、入らずにいられないのだ。
 瞼の裏側が明るくなるので、トロッコが外に出たのが分かる。そうして僕は安心し、固くつぶっていた眼を開く。御茶ノ水の手前で中央線がトンネルを抜ける時、昔、お化け屋敷で嗅いだ黴臭いにおいを、一瞬鼻先に感じるのである。


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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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