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書く歩く(第5回 命の恩人 ― ⑤)


第5回 命の恩人 ― ⑤

 左脚の痛みからは解放されたが、なんとなくもったりしたものが腰の辺りに残っているような気がしていたある日、Kさんから原稿が届いた。数か月前、目次と書き出しを読んでいたのだが、ついに脱稿したのだった。
 Kさんは、ウエートトレーニング中の事故で腰を痛め、それが原因で失業した。その後、再就職先でもリストラにあう。そんな時、腰痛の治療で出会った凄腕の治療家の技術に感動し、弟子入りを決意する。その厳しい修行のなかで伝授されたのは、治療の技術に留まらない「幸せに生きるための奥義」だった。原稿は、いまは施術師となったKさんの、人生の転機をつかんだ自身の歩みと、施術の理論や指圧のコツをわかりやすく解説した“心と身体に効くエッセイ”とでもいった内容だった。
 一読し、僕はKさんに連絡した。そして、原稿の内容に感銘を受けたことを伝えた。さらに、治療内容についていくつかの専門用語を平易な言葉に改めることをアドバイスした。また、原稿中の引用文と参考文献の取り扱いに関するKさんの質問にこたえた。

 それから半月ばかり後、僕は相模線に揺られていた。夏休みに辻堂海岸近くにある妻の実家に滞在した折、同じく湘南にあるKさんの治療院を腰のメンテナンスのために訪れることにしたのだ。原稿を読み、Kさんの施術なら信用できると思ったのだった。
「あ、ウエノセンセー」電車内で突然声をかけられた。振り返ると、S大学で僕のゼミに参加している男子学生が立っていた。そういえば、湘南を舞台にした小説を彼は提出していたっけ。このへんの住人だったのだ。
 彼がiPodのイヤホンを外しながら言った。「どうしたんですか、オトーサンが近所のタバコ屋に行くようなカッコして」
 なるほど、僕は短パンにサンダル履きというスタイルだった。腰の治療に行く、というのもジジむさいように思えて、「うむ、いや、まあ」と精一杯の威厳をとりつくろいつつ、次の駅で下車した。
(急展開の次回につづく)

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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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