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書く歩く(第50回 最後の一食)


第50回 最後の一食

 毎月第2・第4日曜、西新宿の高層ビルで、旅行会社主催による文章講座を開講している。講座の後で、参加者の皆さんと一緒に暑気払いをした。焼き肉である。
 夏の焼き肉はイイ。汗がビールを呼び、ビールがまた焼き肉を呼ぶといった感じである。ウソです。ほんとは、和の雰囲気の落ち着いたお店で、坪庭が見渡せる個室はほどよく冷房も効いてて、汗などかかずに焼き肉とお酒が楽しめました。オトナですから。
 人生最後の一食になにを食べたいか? とは、よくある質問だが、僕なら、「焼き肉をたらふく」という答えが浮かぶ。そうして、その後で、亡くなった父はどう考えただろうとふと思った。
 父が入院する前日、実家を訪ねたら、いつものように近所のうまいトンカツ屋さんからロースカツが出前で届いた。でも、それは僕の分だけで、両親の分はなかった。さすがに気が引けたが、いいから食べろと勧められ、冷えたビールも目の前に置かれた。結局、僕はそれを平らげた。同じ病気を以前、父は克服していたし、今は食欲がなくとも、退院したら、また一緒にトンカツでビールを飲むこともあるだろうと思っていた。
 先ごろ薨去(こうきょ)した“ヒゲの殿下”三笠宮ェ仁親王と同じ病院で、父は亡くなった。
 命旦夕(めいたんせき)に迫った父に付き添っていて、悪いところのない身としては腹が減る。夜中に病院の隣にあるカウンターそば屋に行こうとしたら、当時やはり入院していたェ仁親王を警護するSPに真っ暗な玄関で呼び止められたのを思い出す。
 寒い霊安室でコートの襟を立て、父の亡骸の横で一夜を過ごし、外に出た。すると、廊下伝いにある食堂から、朝餉のにおいが漂ってきた。静けさから一変し、夜勤を終えた、あるいはこれから勤務に就こうとする医師や看護師で活気に満ちていた。それは、生の世界だった。
 父は、再入院する数日前に、母とトンカツを食べに行ったそうである。それは、浅草の松屋裏の、僕も子どもの頃から何度も連れられて行った店だった。
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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