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書く歩く(第53回 寅さんの食卓−②)


第53回 寅さんの食卓−②

「親切な女将(おかみ)が一人いて、おれが仕事から帰って来ると、“おかえりなさい、疲れたでしょ”そんな一言いってくれりゃあそれで十分だよ」もちろん、それで十分ではないのが寅さんである。 なおも要望は続く。
「帰って来ると晩飯の支度ができてる。オレはね、おかずなんて、なんだっていいな。そうね、おつまみに刺身一皿、煮しめに、お吸い物、鴨肉なんかちょっと付いてもいいし、おひたしなんかもあったらいい」
 おかずなんて、なんだってよくはないのである。
 シリーズのどれか忘れたが(なにしろ48作品もある)、寅さんが朝ご飯について語る場面がある。ここでも、「温かい味噌汁さえあれば十分よ」とおばちゃんに言った後に要望が続く。「あとはお新香、海苔、たらこひと腹ね。芥子の効いた納豆、これにはねネギを細かく刻んでたっぷり入れてくれよ。あとは塩昆布に生卵でも添えてくれりゃ、おばちゃん、なにもいらねえな、うん」
 しかし、これ、なかなかにうまそうだ。
 丸谷才一氏は『小説作法』(文春文庫『好きな背広』所収)というエッセイで、イアン・フレミングの「彼は両側を焼いた目玉焼き四つと、バターをつけた熱いトーストと、それからブラック・コーヒーの大きなカップを注文した。」という文章を引用し、「たしかにうまそうだ。欲望をきつく刺戟する。」と書いている。さらに「わたしに言はせると、朝食のおかずといふのは、酒の肴(さかな)に向いてゐるからだと思ふ。」とも。
 なるほど温泉旅館で、干物が載ったいかにもニッポンの朝ご飯といった膳を前にすると、一杯飲りたくなる。いや、あれは朝湯のせいかもしれないが……
「一日の発端である朝食のおかずと、一日の末尾である酒の肴は、おごそかに円環を作るのだと考へてもいいし、どつちも味覚の純粋形態だから一致するのだと言つてもいい。つまりこの両者を兼ねることが男の食べものの最高のあり方なのであ」ると同エッセイに丸谷氏は書く。
(つづく)
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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