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書く歩く(第54回 寅さんの食卓−③)


第54回 寅さんの食卓−③

『小説作法』で、丸谷才一氏は「(朝食のおかずと酒の肴という)両者を兼ねることが絶対できないからこそ、たとへばライス・カレーなんてものは品格の低い食べものなのである。」と説く。
 うーん、そういえばカレーライスに合うお酒ってないものだ。ビールも赤ワインも、直前まで飲んでたとしても、ひとたびスプーンをとれば、ひたすらカレーライスだけを食べてしまう。
 丸谷氏のエッセイの『小説作法』とは、イアン・フレミングの『スリラー小説作法』を話のタネにしている。フレミングといえば『007』の作家ですね。「彼は、登場人物に何を食べさせるかが大事だ、と力説してゐた。こんなことを強調した小説作法はほかにはありません。」と丸谷氏。
 この伝で言った場合、原寮氏はハードボイルドミステリ『そして夜は甦る』(ハヤカワ文庫)で主人公の私立探偵、沢崎にいかにもそれらしい食事をさせている。沢崎は、「確かに、そういう年齢通りに」見える40男だ。コーヒーとタバコがあればいいといった感じの彼は、あきらかに食に関心がなさそうだ。
 その沢崎が調査のために足を運んだ「ありふれた感じの喫茶店」で「空腹だったので、ここで食事をすますつもりで(中略)すぐ脇の壁にイラスト入りで美味い(原文には「美味い」に傍点あり)と宣伝してある“自家製ビーフ・シチュー”とコーヒーを頼」む。この後、沢崎の前には「注文の食事が届い」て「腹ごしらえをして」いるが、「ビーフ・シチュー」が実際に「美味い」かどうかの感想はない。ここで描かれているのは、もしかしたら「美味い」のかもしれないけれど、そんなことはどちらでもよい「ビーフ・シチュー」なのである。
 沢崎なら、「ドライブインで昼飯にカレーライスを食べた。」なんて記述がいかにも似合いそうだ。しかし、この場合のカレーライスは、「品格の低い食べもの」なんかではない。空腹を満たすだけの食物でもない。有機的にハードボイルドとして存在しているカレーライスだ。皿に添えられている赤い福神漬けや、薄甘いらっきょう漬けさえもハードボイルドなのである。
(『寅さんの食卓』―おわり―)
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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