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書く歩く(第60回 行ってみたかった場所)


第60回 行ってみたかった場所

「冬隣り」という言葉を知ったのは、昨年11月のことである。いつも行く理髪店のラジオから流れてきたのを耳に留めた。初めて聞く言葉だが、美しいと思った。昨今の東京は、晩秋がなくて、いきなりすぐそこに冬が迫っているようだ。理髪店を出て、3駅先にある幼稚園から大学レベルまでの一貫校、J学園に向かったのは、そんな「冬隣り」の日だった。
 以前から学内を一度覗いてみたかったのだ。だからといって、僕は怪しいマニアではない。僕がマニアだとしたら、そこに点在する歴史的建造物がお目当てだ。電車で傍を通る時、いつも窓に張り付くようにしているのだが、校舎は取り囲まれた木々に隠れ、見えそうで見えない。それが、生徒の美術発表会があり、見学できるのを知った。
 駅を出て少し歩くと、雑踏と隔絶されたような、緑の多い真っ直ぐな道が現れる。コンビニの1軒もない、純粋な住宅地で、まさに学園都市といった文教的雰囲気が早くも漂い始める。
 正門で受け付けを済ませ、いよいよ構内に入る。と、歩くごとに西洋建築好きには垂涎の物件が次々と現れる。池袋にある国の重要文化財「明日館(みょうにちかん)」は、J学園創立時の校舎である。手がけたのは、旧帝国ホテル建築のため来日していた米建築家、フランク・ロイド・ライト。東久留米市に移った現キャンパスには、ロイド師の影響を受けた遠藤新による木造建築群が、10万平方メートルの起伏に富んだ地形の中に展開していく。目にした景観は、ここが日本なのかと疑うほどだ。一番の見どころは女子部であろう。美しい芝の広場の向こうに建つ女子体操館は、ロイドが得意とするプレイリー・ハウスのスタイル――大平原に根差すように水平線を強調した佇まいである。傍らに建つ円形の屋根と壁面の大胆なデザインの図書館は、ロイドの代表作であるニューヨークのグッゲンハイム美術館を想起させる。
 正面に広い採光ガラスを設けた明日館スタイルの講堂で、ギンナンを1袋女子生徒から買う。
 男子部の食堂テラスで、生徒らが実習で作ったパンを頬張っていたら、林の向こうを黄色い電車が通過していった。あそこからここは、見えそうで見えないのだ。
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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