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書く歩く(第62回 アプトの道と湖畔の犬−②)


第62回 アプトの道と湖畔の犬−②

 めがね橋と呼ばれる巨大なレンガ造りのアーチ橋の上に立つと、向こうに平成9年で廃線となった新線部分のコンクリート橋が見える。かつて、僕も補助機関車と協調運転する特急あさまで、あの橋を渡った。長いトンネルとトンネルの間で、その一瞬だけ雪が降っていた夢幻のような光景を目にしたのを覚えている。まるで、車窓が覗きからくりになったような気がしたものだ。

 終点の熊ノ平まで歩いて折り返し、碓氷湖のほとりで弁当を使うことにした。用意してきたビニールシートを枯芝の上に広げ、妻と並んで腰を下ろす。
 観光バス内で配られた二段重の弁当は、途中、寄居のパーキングエリアで積み込まれた。と、いうことはこの弁当は、寄居のお店でつくられたものだろう。寄居の名物はアユ。で、フタを開けてみると、予想した通り、大きなアユの甘露煮が入っていた。長く歩いたせいもあって、たいそう旨かった。
 弁当を平らげ、人心地付いて湖を眺めていると、白い犬が1匹やってきた。さっきから人々の間をうろちょろしているのは目の端に映っていたが、誰かの飼い犬だろうと思っていたのだ。ところが、首輪をしていない。もしかしたら、置き去りにされたのかもしれない。
「ごめんね、お弁当食べちゃったの。なにもないのよ」と妻が話しかけた。それでも、犬はただそこに座り、じっとこちらを見ていた。やがて僕らのもとを離れ、隣でお弁当を食べているグループのところにいった。犬はなにか食べ物をもらったが、口にしないようだ。
 バスツアーの集合場所である温泉施設に向かった。そこでひと風呂浴び、冷えた身体を温めた。その間にも、犬のことが頭を離れないでいた。
「さっきの犬、食べ物がほしいんじゃなくて、誰かに連れて行ってもらいたかったんじゃないかしら」復路のバスで、妻は盛んに湖畔の犬の話をしたがった。でも、僕は悲しい気持ちになるから、その話題に触れないでいた。
(『アプトの道と湖畔の犬』―おわり―)

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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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