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書く歩く(第68回 零戦の音)


第68回 零戦の音

 零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)――零戦(ゼロせん)は、皇紀2600年に旧大日本帝国海軍に採用されたことから、下2桁の「00」をとって名付けられた。
 アメリカ航空博物館が所蔵する零戦五二型が、所沢航空発祥記念館で特別展示されているという中吊り広告を、西武池袋線の車内で見つけた。往時のエンジンを搭載した、飛行可能な機体だという。
「見に行かないか」と妻を誘ったら、「行きません」とキッパリ断られた。
 オトコの趣味には孤独が似合う。この際なので、エンジン始動見学会の抽選に応募した。往復はがきで申し込むと当選者に案内が来る。そこは自由業の利を生かし、平日の競争率の低そうな日時を希望した。そしたら、見事に当たった。
 オトコの趣味には花吹雪が似合う。当日、だいぶ葉桜にはなっていたが、広い航空公園内は花見の名所らしく、人々がソメイヨシノを眺めながら弁当を使っていた。
 それを横目に、航空発祥記念館の前に設けられた、高い塀をめぐらした特設展示場に入ってゆくと、零戦がいた。それはまさに“いた”という言葉がふさわしいたたずまいであった。
 これまでも博物館などで保存機は見たことがある。しかし、今、目の前にしている五二型は生きていた。この機は、第二次大戦中にサイパン島で捕獲されたという。
 人々の注視の中、生け捕られた猛獣がじっと息をひそめているようだった。
 僕はきたるべき瞬間を待った。
 春の風が暖かく、頬に心地よい。その風が桜の花びらを運んで来る。
 整備スタッフが当時のままにイナーシャー(慣性機動機)の取っ手を回し、「コンタクト!」の掛け声とともに、来日中の米パイロットがコクピットでエンジンを点火した。
 バスバスという息切れしたような音が漏れ、黒煙が上がって、一瞬ダメか……と思った。そのあとで、赤い火花が飛び散り、プロペラが回転し始めた。それは、決して勇猛でも悲壮でもない、バタバタという耕運機がたてるようなのどかな音だった。米を食べる民族の音だった。
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上野 歩(うえの・あゆむ)

1962年東京生まれ。作家。『恋人といっしょになるでしょう』(集英社)で小説すばる新人賞受賞。文芸社にて執筆アドバイザーを務める。新感覚サイコミステリー『鳴物師 音無ゆかり 事件ファイル』を文芸社より刊行。
公式HP《上野亭かきあげ丼》
http://www.uenotei.com



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