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書いた人のわ(「切実な快楽」 町山 青)

「切実な快楽」 町山 青
 私は、文芸社さんに救われた人間であります。私の「書いた文章」を受け止めて頂いたのです。

 私が得たもの――それは、「自信」です。現実に、私は本を出版させて頂いたのです。自分の本が手元にあるのです。これは、自信のなかった私に、現実へと大きく踏み出す、一歩となっています。こんな私でも、「認められる人間になったんだなあ」そう実感しました。本は、私の宝物となっております。
「文章を書くことは、快楽である!」以前、私は生きる苦しさのあまり、「自分に活力を与える」ため、殴り書きしていました。理由などありませんでした。苦しいが故に求める快楽―苦しさへの闘いや逃れるための手段―私はただ、殴り書きをしていたに過ぎませんでした。
 今、四十歳になっても、そのような殴り書きの、似たようなことをしています。しかし今は以前とは違います。本を出した今は、「切実」なのです。

 本を出したからこそ、文章を書くことは、今や私にとって切り離せないことなのです。
 ただ、それは人によって様々だと思います。大切なものが、私とは違うかもしれないからです。文章だけが、「芸術」になるのではありません。絵画や音楽、それから、物質を拵えた表現など、それらも、文章と等しいと思うのです。また、もっと、付加えると、世界に「ある」すべてもののが、芸術を創れる。そう思います。

「文章」それは、他と等しく人間的営みと言っていいと思います。もし、会話が苦手であるなら、文章で自分を他者に理解してもらうことも、可能なのです。「魂の理」それに従って、文章を綴る。その作品が芸術を創る。「魂の理」とは、魂に走っている亀裂。それを紙面に、なぞるのです。

 まじめくさい語りになってしまいましたが、どんな「文章」への接し方でもいいと思うのです。私は不真面目な哲学者です。そう、思っています。だから、魂の文章など、創れない人間です。でもそれでも良いと思っています。
 気軽に楽しく、文章を綴ってみませんか。もしかしたら、芸術が生まれるかも、いや、生まれなくてもいいのです。文章を楽しく綴って、作品を作り、他人に読んでもらう楽しさを味わってみませんか。

町山青
1969年3月18日生まれ。

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ほら、ね!
精神の病の中で思考し続けた哲学と著者自身の姿を、思いのままに綴った哲学エッセイ。「見つけました、魂を」の章を中心に、「自殺―電車を選んだ人」、感謝の気持ちを記した「夕日への感謝状」、自らの本音をさらした「探しあてたものは―真実の顔へ」、著者の体験した現象を描く「『無』と『有』とそして」、なぜ「哲学」を学ぶのかを綴った「私の欲望」の全6章から成る。独自の認識で世界の構造を捉え、真理を語った新しい哲学書。

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