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書いた人のわ(「ぶらんこの星」 有田美津枝)

「ぶらんこの星」 有田美津枝
 降って湧いたような出版騒ぎで、あんれ、まア、と驚くうちにコトは運び、戦記「ぶらんこの星」の誕生となった。
 二十数年前他社で出版したものを、この度再出版して頂いたものである。文芸社さんのお陰である。社内は「文化出版部」と「編集部」しか直接関係がなかったが、担当の方の仕事ぶりの素晴しさには頭が下った。感謝の思いいっぱいである。

 最初は、夫に「ごくろうさま」の思いを、という軽い気持だった。
 が、戦場を知らぬ女の身で戦記を綴るということに、忸怩たる思いもあった。そこで私は、図書館に戦記を読みに通うことにした。
 ここで私は、頭をどやされた程の衝撃を受ける。
 飢餓地獄、人肉、慟哭、果ては人間喪失と続く、暗く重い記事に埋まる幾冊。
「あのこと」「ある部隊の話」として、重い筆を執りながら、遂に人間性を失うという処まで追い込まれた人たちへの、「むごい」という思いに胸がつまった。

 最後に、知人から聞いた話を―。
 この方のお兄さんは、南方で戦死された。お母さまは「どんな処で死んだのだろう。どんな死に方をしたのやら」と、いつも涙を流しておられたという。
 そのお母さまがこの「ぶらんこの星」を読まれて「あヽ、あの子も、こんなに星のキレイな処で死んだのだねえ。もう私は、泣くのは止めるよ」と、いわれたそうである。
 こんな見方をしてくださった方もあるのだ。
 私は心から嬉しいと思った。

有田美津枝
1927年、山口県に生まれる。
現在は、広島市に居住。

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