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執筆虎の巻(「創作の準備を!」篇/第七回 『一人称について考える』)

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「創作の準備を!7」
 
今回は「一人称」について考えてみよう。小説をはじめて創作する場合、主人公の視線で世界を描く一人称が良い、とよく言われる。しかし、「僕」や「私」を使えば、一人称小説が成り立つわけでもないんじゃ。一人称で書く上での制約=約束事に注意する必要があるのじゃ。

 一人称を使うことによって、作者は主人公(「僕」や「私」)になりきって、物語を描くことができる。作者の実体験、心の中の思いなどを、主人公に投影しやすくなるということじゃな。じゃが一方、「僕」や「私」以外の登場人物に関しては、その体験や心情などが描けないという制約がある。これはどういうことか。次の文章を読んでみて欲しい。

僕は彼女の目をじっと見つめることで、嘘を見透かされないようにしていた。このとき彼女は、僕を寂しい人だと思った。

 この文章に違和感を覚えんかの? その理由は、「彼女」の心情を「僕」がはっきりと語っているからじゃ。現実世界において、自分以外の人が何を考えているか知ることはできん。それは一人称の小説世界でも同じじゃ。ここでは、「このとき彼女は、僕を寂しい人だと思ったに違いない」とか、「このとき彼女は、僕を寂しい人だと思ったのだと後から知った」としなければならん。これが、一人称を書く上での制約=約束事ということじゃ。

 当たり前のようなことじゃが、はじめて創作するときに失敗しやすいポイントじゃ。主人公の「僕」や「私」が見ていない出来事、見聞きできるはずのない情報を書いてはならんということじゃな。例えば、「僕」は「僕」の顔を直接的に見ることはできん(鏡に映った「僕」、写真に写った「僕」を間接的に見ることはできるがの)。こういった制約を踏まえて創作に取り組むべし!

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