自費出版・流通出版・執筆のことなら文芸社へ

自費出版・流通出版は気軽にSite執筆・出版の応援ひろば
よむ人からかく人へ。ここは表現する人を応援する著者のための『ひろば』です。ご相談・お問い合わせは…「なんでも相談室」へ

執筆・創作・自費出版・流通出版のことなら【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】トップへ > 執筆虎の巻(「創作の準備を!」篇/第八回 『三人称について考える』)

執筆虎の巻(「創作の準備を!」篇/第八回 『三人称について考える』)

"
「創作の準備を!8」
 
前回は「一人称」について考えてみたが、今回は「三人称」についてのアドバイスをしてみよう。三人称小説では、例えば主語が「彼は」「彼女は」「太郎は」「花子は」となるわけじゃが、読者が作品に感情移入しにくくなる、という欠点もある。まずは、この問題を具体的に見てみよう。

 次の二つの文章を読んでみて欲しい。

A 僕は滑るように流れる薄雲を眺めながら、堤防の上を歩いていた。突然気分が悪くなり、目まいを起こした僕は堤防から転げ落ち、手足が泥まみれになってしまった。そして、“陰険な”とでも言えそうな鈍い痛みが背中で脈打っていた。

B 太郎は滑るように流れる薄雲を見上げながら、堤防の上を歩いていた。見る間に彼の顔色が悪くなり、崩れるように堤防から転げ落ち、手足が泥まみれになってしまった。そして、顔をしかめて体を小刻みに震わせながら横たわっていた。

 Aは「僕」の視点で語られた文章であり、Bは「太郎」を客観的に見る視点で語られた文章じゃな。同じ場面を描いたものじゃが、印象が異なるじゃろう。Aは「僕」の知覚を通じて書かれており、≪主観的≫≪感覚的≫な文章になっておる。作者も読者も感情移入がしやすい。一方のBは「太郎」を傍観するように描写しており、≪客観的≫≪説明的≫な文章になっておる。読者は(また作者も)「太郎」との距離を感じるじゃろう。


 三人称を使って書く場合、登場人物を客観的に描くことができるものの、文章が説明的になり、全体がのっぺりとしたものになってしまう可能性がある。自分の作品に関して、「読みやすいけど、何となく物足りない」「“あらすじ”を追っているだけみたい」といった印象があるとすれば、原因は三人称で書いているからかもしれん。ただし、三人称を使うことがダメというわけじゃないのじゃ。これについては次回に譲るが、今回は一人称と三人称との違いをぜひ覚えておいて欲しい!

"



バックナンバー


文芸社の気軽にSiteへお越しの方へ
【気軽にSite執筆・出版の応援ひろば】では自費出版・流通出版のご相談を随時受付けています。また出版だけではなく執筆・創作のヒント、きっかけになる情報の提供もしております。文芸社の気軽にSiteでは書きたい人、これから執筆・出版に挑戦したい人の活動を本気で応援しています。