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執筆虎の巻(小説篇/第一回 『筋運びや場面説明をスムーズにするには?』)

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「彼女の秘密」
ペンネーム  茶柱すずこ
「そろそろ行かなきゃ」
 そういって美智は、バッグをもって立ち上がった。東京便の搭乗手続き開始を告げるアナウンスが、空港の出発ロビーにこだましている。
「もう? まだ時間はあるよ」
 僕は少しおろおろしている。入社以来、ずっと憧れてきたマドンナの美智と、やっと交際にまでこぎつけたと思った矢先の地方転勤。これでもうだめになるかと半分あきらめていたが、奇跡的に遠距離恋愛という形で続いている。
 今日は一ヶ月ぶりに、美智が東京から会いに来てくれたのだ。土日の休みなどあっと言う間だ。出発ぎりぎりまで一緒にいたいと思うのが、普通の恋人同士というものだろう。
「でも、搭乗口には15分前までに来てくださいって」
「大丈夫。ここは羽田とは違う地方空港だから。セキュリティチェックを抜ければ、すぐ目の前なんだ」
「でも……。」
 美智はばつが悪そうに、もじもじしている。実は彼女には、徹には言えない秘密があるのだ。彼女は肩から落ちそうになっていたバッグのストラップを、手で引き上げた。
 どうしてそんなにはやく別れたがるのか。できることなら、搭乗口どころかタラップを渡って飛行機の入り口までついて入って扉が閉まるまで見送りたいくらいなのに、と徹は心の中で思う。
 僕は落ち着きがない彼女の態度に少し傷ついたが、つとめて明るく振舞った。
「わかった。じゃぁ、いこうか」
 二人は並んで、セキュリティチェックカウンターのほうへ歩いていった。
「まずい、徹君最後まで見送ってくれる気だわ」
 美智は心の中でそう思った。
「ここでいいわ、なんていうと、かえって不審がられるわよね。どうしよう」
 彼女のあせりをよそに、ゲートはもう目の前である。
 セキュリティゲートの前には、手荷物の中の金属製品を入れるためのトレイが準備されている。僕はそのひとつをとって美智に渡した。
「ありがとう……。えっと。ま、いっか」
 美智は覚悟を決めて、バッグのファスナーを開いた。

 出てくる出てくる……。。一体どこに入っていたのかと思うような、大量の金属製品がトレイの上にうずたかく積まれていく。
 太いチェーンをつけた鍵の束。いつも使っているのは違う、デコラメで埋まったケータイ2台。ぱんぱんに膨らんだ小銭入れ。さらに小銭入れの部分がふくらんだ二つ折りの財布。なぜかわからないけれど、ダブルクリップがひと山。極めつけは、種類の違う携帯ゲーム機が一台ずつ……。
「すごいね……。いつもそんなに持ち歩いているの?」
「ううん、会社帰りに直行でこちらに来ることになっていたでしょう。あわててその辺にあるバッグを取り出して、適当に詰め込んで来たの」
 徹は、会社ではいつもてきぱきして、隙がなさそうな美智の意外な一面を見た思いだったが、がっかりはしなかった。むしろそんなところに親しみを感じ、必死で隠そうとしている美智をいじらしいと思った。
「じゃあ、元気でね。今度は僕が東京に行くよ」
 僕は軽く手を振った。
「うん、待っているから。身体に気をつけてね」
 美智は振り返り、振り返り、ゲートの中に消えていった。

 ガラガラガッシャーン。

 トレイから大量の金属製品が滑り落ちる派手な音が、響いてきた。

 久しぶりに週末に会った遠距離恋愛中の二人が再び別れる空港で、彼女の意外な一面を知る場面が描かれておる。抱いていた印象との違いにちょっと驚くが、逆にそこに新たな魅力を感じるラストがなかなかよいのう。二人のこれまでの事情も簡潔に紹介され、互いの思惑と違う相手の言動にやきもきする様子も巧く描写されて臨場感がある。平易な語りのテンポもよくて、読みやすい作品といえるじゃろう。
 ただ残念なことに、小説の原則が守られておらんようじゃな。この話はそもそも、「僕」の視点で語られているはずじゃが、途中の「実は彼女には、徹に言えない秘密があるのだ」から、突然「僕」ではない誰かが語り始めるのじゃ。「僕」にはわからないはずの美智の秘密を仄めかし、さらに彼女が思っていることまで透視してしまう。それがわかる語り手とは一体誰なのじゃろう? いずれにしても、この場面では語り手が入れ替わっていることは確かじゃ。
 オーソドックスな小説の書き方には、一人称小説か三人称小説の二通りがある。前者は物語の登場人物、主に主人公自身が語り手となるもので、後者は物語に登場しない客観的な語り手、「神の視点」などと呼ばれる視点で語られるものを言うのじゃ。今回の作品は、一人称小説として始まったのじゃが、途中で急に「神の視点」が現れたということじゃ。これは読み手に違和感を与えるし、頻繁に行うと読者を混乱させることになる。中には複数の人物の視点で語るという例もあるが、この場合は例えば章ごとに語り手を決めて、一連の流れの中では入れ替えないのが普通じゃ。小説においては語り手の視点を統一するのが原則と考えていいじゃろう。
 一人称小説では、主人公の主観が物語に色濃く投影されるのが特徴じゃ。主人公の性格や物の捉え方がわかりやすく、作品のカラーを出しやすいのが利点といえるじゃろう。ただ、主人公が立ち会わない場面は描くことが出来ないし、この作品のように、他の登場人物の心の中や、主人公の知らない事情を描くことは出来ないのじゃ。謎を解き明かしてゆく探偵小説などは一人称でストーリーを展開させると良いかもしれんな。逆に三人称小説の場合は、語り手は時間や場所に関わりなく視点を移動できるので、物語世界の全貌を捉えることができるというメリットがあるのじゃ。壮大なスケールの物語を描くときは三人称の方が適切じゃろう。いずれの手法を用いるかは、自分が描こうとする物語の性格、スタイルに合わせて決めるといいじゃろう。ただし、いずれにしても語り手は一人に定める、これを肝に銘じておくことじゃ。

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